「これでもう他に手がかりは望めないね。」
「そうね、こうなった以上、あれに望みを託すしかないわ。あの電卓に残された136145っていう数字……」

「「被害者のダイイングメッセージにね」」


          雑誌編集者殺人事件[後編]
〜Thanks 5000hit記念御礼企画〜


は鉛筆片手に頭を抱えていた。
机上の紙には、びっしりと書かれた136145の文字と、さまざまな計算式。
この数字がダイイングメッセージであることはほぼ間違えないだろう。
それはきちんと「ある根拠」に基づいている。
だが、折角のメッセージも、暗号を解かなくては意味がない。
アルファベット順を辿ってみたり、50音表にあてはめてみるなどの基本的なことから、複雑な計算を施してみたりといろいろ手を加えているのだが、この136145という数字に残した被害者の意図は、まったくお手上げと言っていいほど分からないのだ。
やはり何の意味もない、偶然打たれた数字なのかとすら思えてくる。
たしかに、たとえ根拠があったとしても、可能性的にはそう考えられないこともない。
しかし、それこそ経験上の勘とでも言うのだろうか。
妙に予感がするのだ。これが事件のカギを握っているような、そんな予感。
非科学的だが、証拠が見つからないこの状況、他に信じるものはないだろう。
気を取り直して、再び机に向かった。

そうやって試行錯誤しているを、翼は机の向かい側からじっくりと眺めた。
鉛筆を握る細い指。流れた髪の隙間から垣間見える白い首筋。
きりっと整えられた眉に、伏せた目元の長いまつ毛。
時折唇を噛み締める仕草や、考え事をしているときに髪を構うくせ。
普段は見せることのない、「仕事」をするときの色っぽさ。
いつもこれぐらい大人しいといいのに、などと思いつつ
今まで気づかなかった同僚の一面を見られたことにしばし優越感を覚える。

「(本人気づいてないみたいだけど――結構競争率激しいんだよね)」

実際、事務所の紅一点であるをほとんどの同僚が狙っている。
あれだけの推理力を持ち合わせながら、本人が気づいていないというのも悲しいが。
とにかく人気があるのだ。この仕事上手の同僚は。
そして自分もその内の1人なのだと思い直すと同時に、彼女と目が合った。

「何よ、人の顔ジロジロ見ちゃって。何かついてる?」
「別に?ただ、綺麗だな〜って思って。」

まるで珍獣でも見るかのような目で翼を見ていただったが、彼のその一言を聞いて瞬時に頬を真っ赤に染めた。

「な、つ、翼っ…?!」
「何動揺してんのさ。俺はただ字が綺麗だな〜って言っただけだよ?」
「へ?あ、じ、字ね!そっかな〜?(汗)」

あたふたと慌てて、しゃべり方もしどろもどろしているを見て、結構脈アリかも、と小さく笑う。
と、その時。

「いい加減にしてくれっ!」

バンッという大きな音とともに聞こえた男の低い怒鳴り声。
それに反応して2人が振り向く。
その声の発信源は、机に両手を突き、鋭く警部を睨みつけている。
容疑者の1人、佐藤明人だ。

「俺達だって暇じゃないんだ!昨日から四六時中やれ取調べだ事情聴取だ、あれだけ人の貴重な時間を無駄にしたくせに、いっこうに犯人は分かっていないじゃないか!」
「それにもう警察の方々に話すことなんてありませんわ。私はまだ来週締め切りの原稿があがってないんです。いつまでもこんな不当な足止めをくわされているわけにはまいりません!」

佐藤に続いて口を開いたのは沢田容疑者。
そうとう頭にきているのだろう、眼鏡の奥の瞳がさらにつりあがっている。
隣で南がなだめているが、まったく聞く耳もたず。
2人で警部に向かって散々不満を怒鳴り散らしている。

「……容疑者さんたちもああやって不満がってるんだからさ、遊んでないで翼もこれ考えてよ。」
「はいはい。」

ため息混じりにそう言ったはすでに表情ももとに戻っていた。
それを幾分不服に重いながらも、手渡された電卓を手に取る。
少し考えて、136145と打ってみるが、やはり何も分からない。
一体、被害者はこの数字にどんな意味をこめたのか。
分からないイライラをぶつけるように頭をガシガシかきむしっていると、ふいに、目の前に座っているの視線に気が付いた。

「……?」

だが、見開かれた彼女の瞳は、自分ではなく、手元の電卓を真っすぐに見据えている。
その視線をたどるように、翼も電卓に目を向けた。

「……そうか、そういうことだったんだわ」

やがて開かれたの口から出たのは、妙に納得したような、そんな言葉。
翼の真正面に位置する彼女には、電卓が逆さになって見えている。

「私たちは今まで"数字"の意味にこだわり過ぎてた。」
「!、この暗号の意味が分かったのか?」

驚いて顔を見上げると、は口の端を吊り上げて、そして

「犯人は―――」

そう言って、小さく1人の人物を指差した。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


「分かりました。では、今日のところはお帰り願いましょう。」

ようやく警部がその言葉を発したのは、すでに日が暮れて空一面が藍色に染まったころだった。
ビルの裏側に位置するこの駐車場も、すっかり暗くなり、電柱に灯った蛍光灯だけが闇の中で光を放っている。
と、そこに現れた1つの黒い影。暗い駐車場を見渡して、自分の車を見つけると、足早に歩み寄る。
だが、運転席のドアに手をかけた瞬間、何かの気配に気づき、ゆっくりと後を振り返った。

「………誰かいるのか?」

小さく、少しビクついたように震える男の声。
明かりの乏しいこの闇の中では顔は見えないが、少し怯えているようにも察せられる。
男の視線の先には、2つの人影。
その両者の間でしばしの見詰め合いが続き、先に口を開いたのは後者のほうだった。

「ごめんなさいね、こんなに遅くまで引き止めてしまって。ご家族の方、待ってらっしゃるんじゃありません?」

その言葉に、男の眉根にしわが寄る。
だんだんと闇に慣れてきた瞳に映る、夜風に揺れる茶髪の少女。
そしてその隣は、同じ茶系でも少し赤が混じったような髪の少年。

「君たちは―――」
「はい、秘密警察の者です。」

そう言ってにっこりと笑ったのは、言うまでもなくだった。
その笑みになにかを感じたのか、男の額に冷や汗が流れる。
一方、翼の方は、そんな男の表情には見向きもせず、淡々と口を動かしていく。

「で、これ以上引き止めるのも悪いんだけどさ。あんたに聞いてもらいたいことがあるんだよね。」
「私たち、分かったんですよ。今回の事件の全貌と、犯人の正体が。」
「!!」

男を凍りつかせるには、その言葉だけで十分だった。
よく表情は読み取れないものの、かもし出す雰囲気からして、2人の言いたいことは明らか。
すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、波打つ鼓動をなんとか悟られぬよう、必死で平常を装う。

「まず俺たちが疑問に思ったのは、何故、犯行現場に談話室を選んだか、だ。それも、通勤時間と重なる7時過ぎに。これじゃ、まるで見つけて欲しいって言ってるようなもんだろ?」

ただよう緊張した空気の中、聞こえるのは、ゆっくりとした口調で話す2人の声だけ。

「もし、これが計画的な殺人だった場合、もっと人目につかない場所を選ぶはず。だから俺たちはこう考えたのさ。これは計画殺人じゃない―――突発的な殺人だ、ってね。」
「被害者の死因も後頭部強打による失血死。撲殺だもの、そう考えるのが一番筋が通るわ。」

足がガクガクと音を立てて震え始める。おそらく、夜の冷たい風のせいだけではないだろう。

「突発的な殺人だとしたら、犯人は相当焦っただろうね。なんせ、殺すつもりなんて毛頭なかったんだから。気が付いたら人を殺めていた……なんてさ。」
「は、はは……」

これ以上聞いているだけの状態に耐え切れなくなったのだろうか。
今まで一言もしゃべらなかった男が、急に、低い声で話し出した。

「いや、たいした推理ですね。さすが、警察にも一目置かれているという方たちです。……それで?そのことがどう犯人に結びつくのですか?」

無理矢理作った笑顔を浮かべて、一言一言を探りながら言葉を発する。
だが、そんな男の言葉にニッと口の端を吊り上げると
はポケットの中から、蛍光灯の明かりに照らされて鈍く光る電卓を取り出した。

「あの被害者の側に落ちていたという電卓。その電卓に打たれていた数字…覚えていますか?136145。」

自信ありげに言うを見下ろして、不可思議そうに眉をゆがめる。
取り出した電卓を伏せた目で見つめながら、そんな男を尻目に、は続けた。

「そう、翼の言うとおり、犯人はあまりの出来事に慌てていたはず。その場から逃げ、証拠隠滅をはかる事に夢中になって……きっと、被害者の死亡確認なんてしなかったでしょうね。ということは、その時点でまだ被害者が生きていた可能性もありえる、ということです。」
「なっ…!」

予想に反したの言葉に、男はただうろたえるばかり。
もはや立っているのもままならない状況で、力の入らない足が今にも崩れそうな勢いだ。

「そして、妙だと思いませんか、あの数字。落ちた衝撃で偶然に打たれたというには少々不自然な感じがするでしょう?犯人が突発的に殺人を犯した理由が被害者との会話にあるとすれば、電卓なんて使いませんしね。しかも落ちていたのは被害者の左手のすぐ先です。」
「被害者が死ぬ間際に考えること、それはまず犯人が誰かを知らせることだろうな。だから被害者の紺野は、犯人の名前をあの数字に残した。つまり……………この136145という数字は、被害者のダイイングメッセージなんだよ。」

「あ、あ、あ………」

声にならない声を上げ、その場にへたれこむ。
なおも続ける2人の瞳は、しっかりと男を捕らえていた。

「私たちは最初、どうしてもこの暗号を解けなかった。けどそれは、数字の意味に囚われすぎていたから。………本当にこの数字に残されていたのは、意味ではなく"形"。つまり、電卓やビデオデッキ、デジタル時計などに使われる"デジタル記号"でなくては解けない暗号だったんです。」
「ほら、よく見てみろよ。電卓に打った"3"は、ひっくり返すとアルファベットの"E"になるだろ?その要領でこの136145をひっくり返す。……もう分かったよね。この電卓に残された犯人の名前。なぁ、犯人さん……いや」

「「重井智弘さん」」

今まで雲に隠れていた月の明かりが、2人の声とともに男の顔を照らし出す。
そこには、地面に手をついてしゃがみこむ重井の姿。
翼の手に握られた136145の数字は、逆さの状態でかざされている。
そう、つまり、ローマ字ではっきりと"ShIgEI"の形を表して。

「もしも仮に誰かがあなたに罪をなすりつけようとしたならば、こんな手の込んだことはせず、重井と書かれた紙を握らせることくらい造作なかったはず。ましてや、こんな時間が経てば消えてしまうような電卓になど手がかりは残さなかったでしょう?」
「紺野はパズル雑誌の編集者。雑誌に掲載する予定でこの暗号を考え付いたんだろう。……おそらく、あんたに殴り倒されたあと、朦朧とした意識の中で、ふと目に入った電卓に手がかりを残したんだ。」

「重井さん………犯人はあなたなんですね?」

ゆっくりと、確かめるように言葉を発し、自分を見下ろすから視線を逸らして。
重井は、まるですべてを観念したかのようにがっくりと肩を落とし、やがて口を開いた。

「……私には、まだ幼い娘がいるんです。妻は病気で病院住まい。度重なる借金に困っていたところ、紺野さんが声をかけてきたんです。」

『よう、随分と困ってるみたいじゃないか。どうして俺に相談してくれなかったんだ。同僚のよしみだろう?金くらい貸してやるさ。』
『紺野さん……』

「けど、それは悪魔の囁きでした。毎日毎日、利子の莫大に膨れ上がった借金の取立てを迫られて、挙句の果てには家を売ってでも返せと言われる始末。私はほとほと困り果てておりました。そして、昨日の朝もしつこく返金を迫られ、とうとう……」

そして、うううっと
闇の中に、泣き崩れる重井の弱弱しい声だけがこだました。
黙って重井を見下ろす2人。
苦しみが恨みに変わった途端、人はそれから逃げるように牙を向ける。
今まで幾度となくそんな事件を目の当たりにしてきたのだ。
それが人という生き物なのかと、改めて人間の弱さを感じた。

、警部を呼ん……」
「待って」

しばらくの沈黙の後、翼が口を開いたが、その言葉は途中でによって遮られた。
一度翼の瞳を見て、それからすぐに重井に向き直ると、やわらかい髪をなびかせながら歩み寄る。
そして、地面に手をついてしゃがみ込んでいる重井に近寄ると、やんわりと話し出した。

「私たちが提示した証拠は全て状況証拠………物的証拠でない限り、出鱈目だと主張することもできたはずなのに、よく、本当のことを話してくれました。」

自分の肩に置かれた手に思わず顔をあげると、重井の目に映ったのは、先程までの冷笑と違い、優しく、どこか暖かい感じのするの笑顔。

「自主……してください。今なら事務所のほうにまだ警部がいます。ダイイングメッセージのことは、ただ偶然に打たれた数字ということにしておきますから。」

この笑顔には、重井も、そして翼ですらも、思わず見入ってしまった。
重井は、再び目に溜まった涙を数的地面に落とすと、首を縦に振りながら、その場に立ち上がる。
そして、の見守る中、ゆっくりとビルへ引き返していった。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


「まったく、意外とお節介なやつだね、って。」

ネオンの輝く都会の夜。
車の通り過ぎる音を聞き流しながら、2人は並んで歩道を歩いていた。

「ま、重井さんは悪い人じゃないって感じだったし。結果的に解決したんだからいいじゃない。」

そう言って明るく笑うのは、見慣れたいつもどおりの
仕事中の真剣な眼差しとも、先程の暖かな笑顔でもない。
夜風に茶髪を遊ばせて隣を歩く、年相応の少女の姿。

「けどさ、暗号分かった時点で言っとけば、こんな遅くまで残ることなかっただろ?」
「そりゃあ、そうなんだけどさ。」

言って、言葉を濁す。
はっきりしないの声に、翼が、"なんだよ"と言いたげな表情で彼女の顔を覗きこむ。
何か言葉を考えるように視線を落とし、目を伏せて。
そして、突然翼の瞳に合わせるように顔を上げると、照れ笑いを浮かべながら、こう、言った。

「犯した罪は、けして取り返しがつかないことだったけど……でも、だからこそ、自分の意思で償ってほしかったんだよ。あの人には。」

そう、たしかに表面上はいつもの笑顔。
仕事中の真剣な眼差しとも、先程の暖かな笑顔でもない。
夜風に茶髪を遊ばせて隣を歩く、年相応の少女の姿。
……そのはずなのに。
何故か、その笑顔には、翼の心を揺さぶるものがあった。
多分、それは今の彼女が、翼の好きなだったから。
純真で、自分の言葉に自信があって。
それでいて、強い精神を持った、だったから。

あまりにも真っすぐ笑顔を向けられて、彼らしくもなく、一瞬放心する。
そんな彼を、不思議そうな瞳で見つめる
この少女は、一体どれだけ自分を引きつける力を持っているのだろう。
そう考えると、無性に笑いたくなってきた。

「よし、じゃあちょっと遅いけど、飯でも食いに行くか。」
「えっ!翼おごってくれんの?!」
「バーカ、割り勘だよ、割り勘!」
「ちぇ」

………これから先が楽しみだ。


fin

 


いや待て表現意味不明だし!!(自爆)
さすが、突発的に始めた企画だけあるな〜(遠い目)
はい、ということで、犯人は重井さんでした。
てか彼だけあまりにもしゃべらなすぎである意味バレバレだった気がします。
う〜ん、推理モノって、クライマックスがかけないね。
犯人を追い詰めたところ〜みたいな。
どうしても会話だけに……つか、その前にドリームじゃねえだろ、コレ。
いいんだいいんだ、どうせ自己満足作品なんだから〜!!
えー、企画は終わってしまいましたけど、感想などもらえたら凄く嬉しいです。
では、めでたく5000HITしたことですし、これからも管理人とともに、このサイトを宜しくお願いいたします。

 


BACK

TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送